会報65-3 (平成10年)
宗教法人法改正の問題点
「宗教法人法一部改正による書類提出の拒否についての呼びがけ」
京都仏教会

 平成七年秋の臨時国会において、宗教法人法の一部改正法が成立致しました。オウム真理教による一連の犯罪行為をきっかけに、世間が宗教への不信感を募らせていることを背景に、政府与党は敵対する野党勢力の支持母胎である創価学会の政治活動を封じ込めるという政界の利害、思惑によって宗教法人法の改正を行いました。このことを、まず以て我々宗教者は認識する必要があります。

 国会において野党から追及された、時の村山総理が「宗教法人法の改正でオウム事件の再発防止にはならない。」と言明したように、宗教法人法の改正の目的がオウム事件の再発防止ではなかったことは明らかであります。にもがかわらず、オウム事件の再発防止には宗教法人法の改正が必要であるどいうことが世論となっています。その背景には、宗教法人法という法は宗教法人を管理し監督し、保護をし罰則を加える法律なのではないかという誤った認識があるのです。オウム事件の再発防止ということであれば、消防法、衛生法、建築基準法、刑法等、一般の「法規制」によって的確に対応していれば十分取り締ままることができたはずであります。宗教法人法の改正によってこれを行うのは誤りです。なぜなら宗教法人法の改正により所轄庁に権限を与え、官僚の「裁量によって規制」することは信教の自由の侵害を招くからであります。

 また「東京都所轄のオウムが山梨県でサリン工場を作ったのでは所轄庁はこれを把握できないではないか。」という質問に、時の与謝野文部大臣が、現行宗教法人法に問題があるとの認識を示し検討を約束したことも、宗教法人法の精神を全く理解していなかったことを示しています。つまり、この質疑応答は、「宗教法人の活動を所轄庁が把握し、管理し、悪事を働くことのないように指導、監督するのは当然のこと。」とするあやまった考えを前提としています。

※宗教法人法第八十五条、「この法律のいかなる規定も、文部大臣、都道府県知事及び裁判所に対し、宗教団体における信仰、規律、慣習等宗教上の事項についていかなる形においても調停し、もしくは干渉する権限を与え、または宗教上の役職員の任免その他の進退を勧告し、誘導し、もしくはこれに干渉する権限を与えるものと解釈してはならない。」

 マスコミには、こうした宗教法人法の基本的な解釈を、時間をかけて報道していただきたかったのですが、残念なことにむしろ早い段階から宗教法人法改正の是非を問うアンケート調査が実施されてしまいました。それが、時の島村文部大臣に、「国民世論の七十パーセントは改正に賛成だ。」と言わしめたことにつながってゆくのです。

 宗教法人審議会も、官庁の主導で慌ただしく強引ともいえる審議が続き、危機感をもった多くの審議会委員が異議を唱えるも無視され、臨時国会の日程に間に合うよう審議は打ち切られました。戦中の「宗教団体法」によって、所轄官庁が宗教団体を保護、監督のもとにおき、信教の自由、思想、信条の自由を侵害したという反省に立ち、現在の宗教法人法が成立しました。その精神は、国民の精神の自由を保障する憲法の要請に直接、基づくものであります。しかし半世紀経った今、また同じ過ちが繰り返される愚かな事実を私たち宗教者は直視しなければなりません。

 改正によって義務付けられた、宗教法人の備え付け書類を所轄庁へ提出するという事実は、信教の自由という人間の内面の自由に係わる事柄を所轄庁が管理し監督する方向に道を開くことにつながる重要かつ具体的事例であると認識しております。宗教法人はその設立を許認可れる存在ではありません。許認可ではなく認証です。ゆえに監督官庁ではなく所轄庁なのです。にもかかわらず、提出義務を課すことは文化庁が所轄庁から監督官庁へと、その性格を変容させてきたと考えざるを得ません。

 宗教法人法に照らしても、その精神を著しく歪めたこの提出義務に対し、我々宗教者は何の抵抗も意志もなく付き従ってよいのでしょうか。少なくとも今回の改正は、宗教法人法が国家の宗教への介入を禁じた憲法の精神に基づくものであることを忘れて、所轄庁が法人を管理するのが当然であるという「管理の思想」を導入したのであります。

 政府は「法人格を与えた所轄庁として、その責任を果たすために必要最小限の改正をした。」と説明していますが、所轄庁が法人格を「与える」という考え方自体が認証制度の精神を踏み躙っているのであって、法人格は「法」に基づいて当該団体が「取得する」ものであり所轄庁が与えるものではないのであります。行政指導という考の恣意的裁量による権力の介入に明らか道を開いたといえます。

 国民の期待する宗教法人の透明性の向上と、所轄庁への書類提出とは無関係であり、書類提出は国民にとって何ら情報開示にはならないのであります。それは、我々宗教の側から自発的に取り組みが行われなければならない課題であると当会は考えます。その具体的取り組みとして、宗教界による「宗教情報センター」設立構想を基に、霊感霊視商法やその他社会問題化している宗教に係わる事例を日弁連、宗教法学界等と連携し積極的に対処することや、国家と宗教の在り方についての研究がされることによって、宗教法人の存在が広く国民に理解され、社会的不信感も払拭されてゆくと存じます。またその役割は我々のみならず、本来ならば全日本仏教会や日本宗教連盟が率先して行うべきものなのです。

 税務署に対しては必要な財務書類はすべて義出致しているのでありますから、さらに都道府県宗務課へ提出する理由と必要性がどこにあるのでしょうか。書類等は各宗教法人に備え付けられていて、法人が自主的かつ健全に運営されていることが大切なのであり、そのことで十分なのであります。年度が十二月決算の法人は四月、三月決算の法人は七月が提出期限となる中、年収が八千万円以下の宗教法人は、役員名簿と財産目録だけ提出すればよいではないか、というご意見、日本は法治国家であり一度決まれば法を守るのが当然ではないか、というご意見、に対しては、それが時の政界の利害によって法律の精神を歪め、人間の根源的自由を制限するものであれば、簡易な事務提出であっても慎重に様子を見守らなくてはならないと存じます。法律として成立した場合でも、違憲、無効の疑いのある法規制に対しては、国民の抵抗権があることを申し上げたいと思います。

 京都仏会と致しましては、改正の発端から現在までこの三年間、学識者、法律家、多くの宗教団体、政治家、一般の方々と様々に議論を重ねその結果、書類提出を拒否することを当会の方針とする結論に至りました。各位におかれましては、書類提出以外にも、「信者への情報開示」や「官による質問権」などという重大な問題性を含む改正法の一つ一つをお考えいただくと同時に、今一度書類の提出がどのような意味をもつかをご再考いただき、少しでも多くの宗教法人がともに提出拒否に踏み切っていただきたいと存じます。そのことが改正の真意を明らかにするとともに、宗教法人法の精神をも守ることになるです。

当会は、貴宗教法人に対しまして確固たる思いでここに書類提出の拒否の呼びかけを行うものであります。

平成十年六月
宗教法人各位

京都市上京区烏丸今出川東入相国寺門前町六八四−1
京都仏教会

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